バシャヌコ日記

日々の記録と思ったことなど、テレビや映画の感想多め。

キリスト教と笑い (岩波新書) を読んで

 

 

 「イエスは笑ったか」.聖書をこの観点から読み直しつつ,喜びと解放のメッセージとしてのキリスト教の新しい側面をさぐる.使徒パウロから宗教改革者ルター,さらにカール・バルトまで,キリスト教的ユーモアの精神史を辿りながら,激動する時代を醒めた眼で見すえ,人間らしく生き抜くために〈解放としての笑い〉の精神の復権を説く.

 

敬虔なクリスチャンといえば

厳粛な雰囲気があり修道的な生活。

私語を慎み、読書をして

冗談を言わないイメージ。

 

しかし、この本を読んでいくと

キリスト教と笑い(おもしろさ)は

深い関わりがあったことがわかる。

 

この場合の笑いとは

人をバカにした笑いや

下品な笑いではなく

社会に対する批判や風刺、

アイロニー的な笑いである。

 

カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい

 

口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである 

 

金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。

 「それでは、だれが救われるのだろうか」

人間にはできないことも、神にはできる。

 

イエスは、とんち的な例え話で

神の教えを説教していた。

 

しかし、その一方で

いろんな解釈が生まれることにもなった。 

 

 

原始キリスト教の迫害の時代、

宗教改革のルター、

ナチスドイツ時代のカール・バルト。

 

それぞれ

自分たちの不幸な状況でも

喜びのなかにいて

ユーモアを忘れなかったということ。

 

イエスの十字架、

殉教者たち、修道生活や宗教改革。

 

俗世の人から見れば

キリスト教の歴史には

不幸な出来事が付きまとう。

 

だから笑いはふさわしくない

というイメージが付きまとって

しまったのかもしれない。