バシャヌコ日記

日々の記録と思ったことなど、テレビや映画の感想多め。

キリスト教の歴史について勉強して、距離を置こうと思っている

2000年前に

イエスが説いた教えが

世界宗教となっている。

 

世界宗教となる前は

たくさんの人が殉教している。

 

初期のクリスチャンたちは

そのような出来事を目撃しても

その教えを捨てることが

できなかった。

 

命よりもイエスの教えが

大事だという思いがあった。

 

これも 

イエスの奇跡だとも言える。

 

次第にイエスの教えは

カトリック的なものになっていく。

 

このキリスト教には

清貧という思想がある。

   

イエスが

ユダヤ神殿にあった商店を

暴れて壊したことや

アッシジの聖フランチェスコが

清貧という思想を大事にしたことなど。

 

キリスト教と経済的貧しさは

密接な関係がある。

 

一方、 

カルバン派は清貧とは違い

資本主義とマッチして

発展していったという。

 

 

この現代社会に生きる身としては

清貧ということは考えられない。

 

個人の経済力が落ちてくると

自暴自棄になってしまい

犯罪やテロが生まれやすくなる。

 

社会全体の経済力が落ちてくると

国家の税収が落ちてきて

社会的インフラを維持できなくなる。

 

だから

政治家たちは経済を重視している。

 

自分がクリスチャンになってしまうと

経済的な貧しさを追い求めてしまうの

かもしれないという不安がある。

 

さらに反骨精神もあって

会社組織に反抗してしまう不安もある。

 

つまり、クリスチャンになることによって

世俗的な生活を送ることが

難しくなるのではないかということ。

 

世俗的な生活を送ろうとしている点で

自分は向かないのかもしれない。

 

遠藤周作が

日本人であることと

クリスチャンであることとの

アイデンティティに悩んだのが

よくわかる気がする。

 

自分は何者かという

アイデンティティには

妥協できないという謎のこだわり。