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バシャヌコ日記

日々の記録と思ったことなど、テレビや映画の感想多め。

アニメ貧困史 ~貧しさはどこからやってきたのか~ を見て

www6.nhk.or.jp

 

「世界から“貧困”をなくしたいなら、まずは貧困の歴史を知る必要がある」。そんな考えをもとに、この番組はアニメーションという手法を使って石器時代から現在に至るまでの貧困の歴史をたどる。そして専門家とともに、貧困をなくすための方策を考えていく。 狩猟・採集生活が営まれていた石器時代。人々はつねに天変地異や疫病によって、貧困や死の危険にさらされていた。初期文明の時代になっても、多くが十分な食糧や医療を受けられず、「世界の人々のほとんどは貧しかった。」と経済学者のJ・サックス氏は言う。やがて“慈善行為”という概念が生まれ、貧困者は救済を求めることができるようになる。そして植民地支配という、略奪による貧困の時代が来る。スペインに征服されたインカ帝国はたちまち土地や家を奪われ、人々はプランテーションや鉱山で働くことを余儀なくされた。そして、産業革命をきっかけに、極貧状態にある人の数が世界で減っていくことになる。ノーベル賞を受賞した経済学者スティグリッツは、「経済が発展すれば誰もが恩恵に預かれるという考え方はナンセンスだ。むしろ、格差は広がっている。」と語っている。歴史にあたることでヒントはあるのか・・・。

 

貧困の歴史。

石器時代には何もなく、

野生動物がいただけであった。

 

その時代の人々は

自分が貧しいのか豊かなのか

わからない。

 

安全はまったく保証されていない。

 

農耕が始まっても

世界中のほとんどの人が貧しく

平均寿命は短かった。

 

中世になってくると

慈善行為が登場する。

 

仏教やキリスト教、イスラム教による

宗教的な慈善行為ができ

豊かな人が貧しい人に施すようになる。 

 

インカ帝国の皇帝は

豊かであったが、

ヨーロッパによる

植民地支配によって貧しくなった。

 

つまり武力の行使によって

貧困になる場合がある。

 

ヨーロッパは

中南米を奪っていって

豊かになっていった。

 

植民地支配時代の前は

ヨーロッパもアジアも

貧困という面では変わらなかった。

 

アフリカも農地や港町は

経済的に栄えていたという。

 

ポルトガルの船乗りは

アフリカの活気のある街並みをみて

征服したいと思ったらしい。

 

1743年の中国。

人々は乾いた土地で暮らしていた。

 

飢饉を防ぐのは統治者の役目であった。

この時期に

干ばつになるとわかっていたので

穀物を倉庫に保存していた。

 

13世紀から18世紀の

中国はとても豊かであった。

 

1800年のヨーロッパ。

多くの人が農作業で生活していたが

大都市ができて不平等ができた。

 

貧しいものと富める人が

隣り合わせで生活することにより

相対的貧困がでてきた。

 

産業革命によって

貧困層が少なくなったが

戦争によって

失業することもあった。

 

さらに、 仕事が

最新式の機械に変わっていったり

今までやってきたことが

パーになる不安も出てきた。

 

そこで、救貧院ができ

貧しい者が救済されるようになった。

 

富裕層は、

貧しい人に手を差し伸べるように見えるが

自分にとって

有利な制度を変えようとはしない。

  

第二次世界大戦後。

自動車、冷蔵庫などできて

19世紀に工業化が成功した国は

貧困がなくなったといえる。

 

インド、中国、中南米でも

ヨーロッパと同じ状況になってきて

貧困はどんどん減ってきている。

 

しかし、アフリカの貧困。

飢饉、インフラ、伝染病は

ひどい状況である。

 

アフリカ独自で流通していた

貝殻通貨を政府は認めず

それまで豊かな人は貧しくなった。

 

グローバル化による弊害。

 

1877年の南インド。

飢えている人がいるのに

イギリスなどに穀物の輸出をしていた。

 

国連ができて、

国家間の格差の撤廃が

考えられるようになる。

 

豊かな国は

貧しい国を助けないといけないと

自覚するようになる。

 

そして、グローバル化すれば

貧困問題を解決できると考えた。

 

1950年から60年代には

穀物の品種改良によって

土地の生産性が上がり

飢餓から救われる国もあった。

 

1959年の中国。

毛沢東は中国の貧困を

解決しようと考えた。

 

中国は人口がたくさんいるので

外国の助けはいらない。

 

大躍進政策。

独自で鉄鋼を生産しようとして

個人が持っている鍋などを

地域で作る鉄工場に持っていった。

 

しかし、それが粗悪品であった。

 

調理道具がなくなり

不作で食べるものもなくなり

餓死者が出るようになった。

 

1957年のアフリカ。

ガーナには多くの援助があった。

 

先進国の経営者が

ガーナに工場やダムなどを作るように

働きかけたが、利益は少なかった。

 

そして、

アフリカの債務が増えていき

ガーナの初代大統領の

エンクルマは失脚した。

  

飢饉は食料不足でおこるわけでもなく

物資援助すればいいわけでもない。

 

国家が食料を確保したり

対策をちゃんと取らないといけない。

 

貧困から抜け出すには

・お金を稼ぐシステムを考えること

・教育に予算をかけること

・子供に学校に通わせる習慣

 

貧困を抜け出すことの注意点 

・劣悪な労働環境

・お金持ち有利なグローバル化

・豊かな国へお金が流れること

 

国際レベルで考えないといけない。

 

しかし、貧困に対する会議は

先進国で行われている。

 

 

感想 

貧困の歴史が

アニメーションで展開していく。

 

アニメーションということで

貧困を外から

見ている感じが出てくる。

 

最後は、

自分も貧しくなるところで終わった。

 

貧困の歴史をみると

やっぱりヨーロッパの

植民地支配が原因だと思う。

 

それまでは

世界中で貧しかったが

格差による相対的貧困がなかった。

 

その方が

幸福度が高いのかもしれない。

 

www.basyanuko.com

 

そのことは

サピエンス全史でも

似たようなことが書いてあった。

 

先進国では

病気や飢餓、インフラなどの

問題が解決されている。

 

だからといって

先進国のなかでは

貧困問題はないとは言い切れない。

 

都市部では

お金持ちと貧しい層が

一緒に暮らしているので

相対的貧困が発生している。

 

都市部では

お金持ちが住むような環境であり

貧困層が住めるような

環境ではないからである。

 

日本に関していえば

現在の貧困は

劣悪な労働環境が問題である。

 

賃金がある程度低くても

劣悪な労働環境でなければ

幸せに暮らせるはずだと思う。

 

逆もしかりで

いくら収入が多くても

劣悪な労働環境であれば

幸せには暮らせない。