バシャヌコ日記

日々の記録と思ったことなど、テレビや映画の感想多め。

プレミアムカフェ選 ゲーム・レボリューション 賢者の予言(初回放送:2011年) を見て

www4.nhk.or.jp

 

ハイビジョン特集 ゲーム・レボリューション(2)賢者の予言(初回放送:2011年)世界的ゲームクリエーター水口哲也さんがゲームの未来と人間に及ぼす可能性を国内外のキーパーソンと探究する

 

2011年に放送された番組。

今から約6年もの前の話。

 

NGP(PSvista)が最先端なゲーム機として登場。

その理由はネットワーク通信できるから。

 

今ではすごい当たり前なのだが

2011年ではネットワーク接続した

ゲーム機は新しかった。

 

 

サンフラシンスコの

ngmoco社のニール・ヤング社長の

インタビューを聞いていて

おもしろいゲームを作りたいというよりも

ゲームでどう儲けるかしか考えていないと思った。

 

モバゲータウンが懐かしい。

DeNA南場智子さんも登場。

 

ニール・ヤング社長は

ゲームの話をせず、

未来のビジネスの話をし続ける。

 

 

ウルティマ・オンラインを作った人物

リチャード・ギャリオット社長のインタビュー。

 

この人はゲーム好きな印象を受ける。

ゲームが好きでビジネスにつながったという話。

世界中の誰もがゲーマーになり

ゲーム産業に人類全体が参加するにまでになったという。

 

さらに、この人は 

自腹で30億円を支払い、宇宙旅行にでた。

そこで得たインスピレーションを

仮想現実の世界に応用したいとのこと。

 

現代社会は人々の繋がりが薄いので

ゲームで人との繋がりを作りたい、これまでと違った絆である。

 

これはゲーム好きな人でしか

言えない言葉だと思った。

 

 

登山家の栗城史多さん。

ネット中継で登山するのは

ロールプレイングゲームみたいな感じ。

2011年の放送では、まだ指がある。

 

 

日本のある大学では

海外の学生と一緒に48時間内でゲームを作る授業がある。

ソフトはUnity。

 

今や誰でも短時間でゲームを作れるようになり

水口さんでさえプロとアマの違いがないと言った。

 

 

水口さんは

マービン・ミンスキー氏の

心の社会という本を読み

ゲームによって心を動かしたいという思いから

ゲームクリエイターになったという。

 

マービン・ミンスキーとの対談。

ゲームは楽しいし、刺激的であり

決断するのも難しいことではない。

 

現実の世界よりも

ゲームの世界の方が良い世界である。

成長できるし、予想外な出来事が起こりにくい。 

 

ゲームデザイナーは

プログラマーの頂点にいる。

 

 

マサチューセッツ工科大学の石井教授。

チームラボみたいな

物理的衝撃を与えると魚が動いたりする

プロジェクトマッピングをやっている。

 

 

ゲーム開発者会議に参加。

テーマはゲーミフィケーション

ジェーン・マゴニガル氏の登壇。

世界をよりよくするためのゲームを

世界銀行と一緒に開発した人。

 

ゲームをしているときヒーローのような気分になる。

実際の現実問題の解決策を考えるゲーム。

 

例えば

図書館を作るというゲーム。

どうやって本を集めるか?

どうやって運営するか?

どこに建てるかなどゲーム的思考で考える。

 

ゲームは現実逃避の手段ではない。

ゲーマーは現実に適応できない人がやるのではない。

 

協調性が必要なゲームであれば世界平和に繋がるはず。

 

 

ゲームと医療。

 PTSDの治療のための

戦争地帯などのゲーム空間をつくり

トラウマの状況を再現し慣れさせる。

 

 水口さんいわく映像はゲームだが

これはゲームではない。

目的が全然違う。

 

戦争体験を事前に学習し

慣れさせる話になったとき

水口さんの目つきが変わったのが印象的だった。

 

戦争ゲームは

実際の戦争に対して感覚が鈍る。

 

医者いわく

ゲームの弾が当たったときに痛みがあれば

こんな思いをしたくないという

抑止力になる可能性もある。

 

脳科学者の藤井直敬さん。

現実とは何かという話になり

水口さんにVRをつけさせる。

 

それは直前に録画していた映像を流し

脳みそを錯覚させていた。

 

 

脳の活動を調べるため

手術をし脳の中に電極を入れる

現に電極が入っているひとが、たくさんいる。

 

自分が見てる景色が

他の人にただ漏れになる可能性があるが

脳と脳がつながるとは、そういうことである。

 

人のあり方が変わる時代。

 

ゲームというのが

人を錯覚させるものであるなら

いい方向で錯覚させてほしいものである。