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バシャヌコ日記

日々の記録と思ったことなど、テレビや映画の感想多め。

プロフェッショナル 荒木かおり を見て

www.nhk.or.jp

 

平等院鳳凰堂、二条城二の丸御殿、西本願寺御影道・・・。 世界に誇る日本の宝を未来につなげる京都の女性職人、荒木かおり(58)。経年劣化して色褪せた国宝や文化財の色彩をよみがえらせる日本屈指の彩色復元師だ。 彩色復元に臨む時、常に心に留めているのは「色は心 その心を、写す」という信念。 その言葉は、彩色復元の礎を築いた重鎮、父親の川面稜一さんから受け継いだものだ。 図面や資料もまず残っておらず、確かな正解などない彩色復元の世界。そのなかで稜一さんは、モチーフとなる花の詳細から当時の流行、食文化まで細かく調べ上げることを自分に課していた。 「色というものは、その時代の人の心が現れている」。稜一さんは、この言葉を荒木に残し亡くなった。描いた人の気持ち、描かれた時代の気持ちと向き合うことで真実の色に迫れると荒木は考えている。

 

筆跡の癖と同じように、

筆使いの癖まで考え

科学解析もやり、どの色が使われていたか考える。

 

清水寺阿弥陀堂の中にある

獅子の木造彫刻の色の復元に挑む。

 

どんどん調べていくうちに

複数の色が候補に上がり

現代では考えられない色が見つかってくる。

今までにない色使いであり

謎がどんどん深まっていく。

 

しかし、周りの建築物や作られた年代を

調べていくと

一流集団が移動してきた道筋と考えることができる。

 

そして辿り着いた仮説が

狩野派の技法で

彫刻まで作ったという案。

 

狩野派に似たような

色使いで獅子の木造彫刻を復元することになる。 

 

 

復元したものが

正解なのか不正解なのか

分からないので

復元師はどのような評価基準になるのだろうか。

 

作者不明、情報も全くないものであれば

自分の好き勝手に

色付けしてもよいのではないかと思える。

 

現に、明治時代に修復されたものだと

赤色だったものになんで白色を塗っているのか

疑問がでてきた。

 

1600年時代の人が来たときに

「こんなん違う」と思われたくないとあったが

「俺が作ったものよりいいじゃん」と

言われることについては、どうなのだろうか。

 

荒木かおりさんの

色使いがキレイであったので

多少、元の色と違っても許されるという面が

あるかもしれない。