バシャヌコ日記

日々の記録と思ったことなど、テレビや映画の感想多め。

ウォルト・ディズニー 第4章  “夢の国” ディズニーランド を見て

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<内容>

ディズニーランドのゴミ箱に至るまで

物語のテーマにあうようにした。

 

ウォルトの細かいこだわりのせいで

開園がまったく間に合わなことになった。

 

開園日の1か月前でも

半分しかできていなかった。

 

作業員を3倍に増やし

1日16時間以上働くことになった。

 

開園、前日の様子。

当日の生放送のリハーサルをするテレビマン。

動物のロボット動かす作業員。

塗装工は徹夜作業。

真夜中の3時になっても

指示を出し続け、画家を呼ばせた。

 

1955年7月17日、開園日。

いたるところにカメラがあり

全部を映そうとしたが

半分ぐらいしか紹介できなかった。

 

アメリカの人口の半分がテレビを見ていた。

テーマパークは機材トラブルや

道路の不備。

ありえないほどの渋滞。

すごいひどい状態だった。

 

翌日から一般人も来る。

海外の要人たちもディズニーランドに来た。

アメリカの過去を美化した街、

そして美しい未来。

 

現実を見せない遊園地に

批判する記者もいた。

無害な世界でいままでの人類の歴史を

安っぽいもの作り上げた。

 

ウォルトは常にディズニーランドを歩き回り

聞こえて来る会話に耳をすませていた。

 

ディズニーは

巨大なエンターテイメント企業となった。

 

それをどう守るかを考えるようになった。

当時、ブランドをいうものがなく

シンボルを目指すようになる。

 

しかし、それは若い頃のような

冒険ができなくなるということ。

 

ウォルトはテレビで演じる

優しいおじさんというのが好きだった。

そして、アドリブが大好きだった。

 

しかし自分が普通の人とは違うことを理解していた。

 

ウォルトが部屋に入ると静かになる。

独特の雰囲気があった。

 

自分が気に入ったら

「これでうまくいく」と言って決して褒めない。

 

やさしいおじさんのイメージであれほど

大事業をすることはできない。

そんな葛藤があった。

家族以外に親しい人がいない。

 

メリー・ポピンズを作る提案する。

崩壊したけた家族を立て直す物語。

アカデミー賞の作品賞を初めて取る。

 

しかし、アメリカは変わっていった。

ビートルズやボブディラン、

ベトナム戦争、公民権運動が盛んになる。

 

ディズニー映画と

現実とのギャップが出てきた。

 

白人中流階級の世界。 

人種の多様性がない世界。

保守的で古臭い考えかたという批判を浴びる。

 

どんなに批判を浴びても

自分を変えることはなかった。

「陳腐と古臭いものが好きなんだ」

 

フロリダ州に土地を購入する。

エプコット=実験的未来都市の構想があった。

 

酸素吸入をしながら

テレビ番組でプロモーション活動をする。

 

病院にいくと肺がんと診断された。

 

スタジオに行き、アニメーターに

「その調子でがんばってくれ」と褒め

アニメ・スタジオにはいかなくなった。

 

 

<感想>

エプコットの構想案

中央に会社やホテルがあり、

その周りに学校や公共の施設。

そしてその外側に住宅とは今の東京だと思う。  

 

ウォルト・ディズニーと

スティーブ・ジョブズは似ている。

独特の存在感や歴史を変えるという

高いモチベーションやスタッフの厳しさ。

 

それぐらいやらないと

これだけの大事業はできないのかもしれない。

ただそれをやりたい人とやりたくない人がいる

ってことを理解しないといけない。

 

アニメ映像と遊園地。

この2つは想像力が大切な仕事である。

それができるのは、ほんの一部の人だけだと思っている。

ウォルトにも向き不向きがあり

向いていることだけやり続けた結果だと思う。

経営面やスタッフのデモの対応は兄ロイがやっていたし

ライセンス事業では他の人がやっていた。